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その匣の中を視るな

 「魍魎の匣」が映画化されると知ったとき、まず最初に思ったのは、誰が監督をするのか、ということでした。「姑獲鳥の夏」を観たときのやるせなさっていったら、Vシネ化された忍法帖シリーズに匹敵するものがありましたから(まさに粗悪濫造)。

 実相寺昭雄監督の「姑獲鳥の夏」は、場面によっては評価したい部分もあるのですが、いかんせんそうでない部分のほうが目立ちすぎているという感じです。姑獲鳥のイメージシーンの安っぽさもさることながら、最後の最後、エンドクレジットが終わってからの京極堂の出現には本当に目を疑いました。いくら大御所とはいえ、あれを止めさせることのできる人はいなかったのか・・・コントじゃあるまいし(せめてDVDでは切っとけよ、とかマジで思ったり)。当然原作は好きだし、好きな役者さんも出ていたし、実相寺監督も「怪奇大作戦」や「ウルトラセブン」で傑作といえるものを残しているし(「帝都物語」も好きです)、観る前はものすごい期待感に満ちていたんだけど。出来る事なら、リメイク(やり直し)を要求したい一作になってしまいました。

 「魍魎の匣」は、京極堂シリーズでは一番最初に読んだ小説です。なぜか「姑獲鳥の夏」はすっとばして、「魍魎の匣」→「狂骨の夢」→「鉄鼠の檻」→「姑獲鳥の夏」と読んだ記憶が(「姑獲鳥」の前に「鉄鼠」を読んじゃいけねえよなあ)。京極夏彦の小説に初めて触れたということで、「魍魎の匣」はある種の衝撃を受けた作品ともなりました。

 ああ・・・こういう手法もあるんだ。

 ”探偵小説”ではなくて、”妖怪小説”とはこういうことなんだなあ、と。

 だから、「魍魎の匣」は、京極堂シリーズの中でも、実は一番好きな作品になってしまったのです(実際、この作品を推す人は多いと思うのですが、どうなのでしょう?)。

 その「魍魎の匣」が映画化ですよ(完成試写はもう済んでいるようですね)。監督は原田眞人氏ということで、まっさきに思い浮かんだのは、「ラストサムライ」の大村役。続いて「ガンヘッド」「突入! あさま山荘事件」。良い機会なので調べてみたら、以前観た事のあった「狗神」という映画の監督もしていたようです。静岡県出身ということも分かって、ちょっとびっくりしたり。公式の予告を観ると、雰囲気的には申し分ない出来のようですが、それは「姑獲鳥の夏」の時にも感じた事だしなあ。とはいえ、せっかくの大好きな小説の映画化なので、不安よりも期待を優先させて、12月の公開日を待ちたいと思っています。

 ・・・これがダメなら、もう京極堂シリーズは映像化させないほうがいいんじゃないかな。

 

 

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