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「魔界転生」

 山田風太郎の小説「魔界転生」は数ある忍法帖の中でも、その構成と文章の完成度の高さゆえに、作者の最高傑作とも評されることが多い作品ですが、これに【柳生十兵衛VS有名剣豪のガチンコ勝負】を期待して読み始めた剣豪小説ファン(もしくは映画のイメージをそのままスライドさせてきた読者)は、かなりの確率で肩透かしを喰らうのではないでしょうか。

 実際、十兵衛と転生衆の対決の図式には、仲間の犠牲や助力・計略が少なからず関わっていて、当人同士の実力勝負という意味では、道成寺での柳生如雲斎との第一戦目と、最後の巌流島における宮本武蔵戦が、かろうじてその枠組みに入るのではないかと思われるのですが、個人的には「魔界転生」の決闘シーンは、経過や結果よりも作者の神懸かった濃密な文章描写を楽しむものと捉えていますので、今回は各対戦相手ごとに印象に残った(お気に入りの)セリフや場面(文章)をいくつか書き出してみたいと思います。

 原作未読の方はスルー推奨で。

・VS田宮坊太郎

 【・・・・・・なんたる神技、深編笠はならんで五六段駆けおりるあいだに、北条主税の首を刎ね、燕返しにその胴を切断していたのである。―――剣の遊びだ。曲斬りだ。】

 【魔界転生の剣鬼田宮坊太郎は股から腹へかけて逆に斬り裂かれ、跳躍したおのれ自身の速度を加えて、もんどり打って石段をころげおちていった。空に散った血しぶきは、雨となってそのあとを追った。】

 世間的にややマイナーと思われる坊太郎ですが、作中での十兵衛との関係は、(短期とはいえ)いわば師弟なわけで。それが十兵衛を横柄に呼び捨てるのが「魔界転生」の切ないところです。

・VS宝蔵院胤舜

 【三段壁の巌頭に、宝蔵院胤舜と柳生十兵衛は相対した。十間の距離をおき、槍と剣をかまえた二人の姿は、秋の大空の蒼みにはめこまれた鉄か銅の彫刻のように見えた。】

 【「―――左様かな? そう参るかな? そうかんがえるかな?」】

・VS柳生如雲斎

 【三角頭巾の左手から右肩へ、ぼうと光芒がながれて立った。革鞘が地におちた。彼は抜いた。刀身を垂直にして、右肩に構えたのである。

 ・・・・・・二人のとった姿勢は、他流でいわゆる八双の構えといわれ、柳生流では「陰の太刀」と呼ばれるものだが、十兵衛はこれを八双の構えにあらずして陰の太刀であることを感得した。のみならず、これが江戸柳生ならざる柳生流であることを感得した。】

 道成寺での柳生如雲斎初遭遇より。単純にかっこいいです。

・VS天草四郎

 【「冒涜」のきわみともいうべく、彼はふふっと笑った。が、その笑い声の意味は。―――

 「かつて天草で神童といわれ、サンタマリアに祈り、ゼウスの御名のもとにたたかったこの四郎時貞が、日本の御詠歌をうたうとは。―――」

 つまり、失笑であったらしい。】

 【「人触るれば人を斬り、馬触るれば馬を斬り・・・・・・鉄触るれば鉄を斬る、忍法髪切丸―――」】

 ・・・・・・読み直してて思ったけれど、天草四郎って、名セリフ多い(笑)。

・VS柳生但馬守

 【「十兵衛、胴斬りしてよいか?」

 殺気に陶酔したような但馬守の声が、もはや二間の距離で送られて来た。すでにその神秘的な剣気は、十兵衛を逃げも避けもならぬ決闘の風圏と化して彼をつつんでいる。】

 【父を討てるか。

 ・・・・・・父の生存はいまや疑うべからざるものとしても、その父が、じぶんの知っている父とは別人となっている。人間ではない怪物に変わっている―――。

 木村助九郎の死にざまを思う。また可憐な少年に対する、おとなげないどころか、人の心を持ったものとは思えない仕打ちを思う。―――

 が、のっぴきならぬ万一の場合、はたして父を討てるか。―――わざの上でだ。】 

 十兵衛も認める但馬守の剣の腕前がよく伝わる場面。

・VS荒木又右衛門

 【「やるか十兵衛。・・・・・・古今無道の親不孝者、父親殺し」】

 【「鍵屋の辻じゃ。知っておるか、十兵衛。―――ここでおれと刃を交えるを誉れと思え」

 ―――柳生十兵衛の満面は血の気をひいていた。

 なぜ変わったか? どこからこの力を又右衛門は得たか?

 殺さぬ。又右衛門は生かして、その口からきく。

 ―――この不敵な望みが、すでに圧倒されていた十兵衛の心を一瞬に染めかえるあやうい転機となった。剣を交える以前の気力の死闘は、いずれ劣らぬしぶきを蒼空高くあげた。

 相搏つは、同門同血の柳生新陰流。―――】

 魔界転生して後、せっかくの剣技を一番ふるえなかったのは誰かと問われれば、この荒木又右衛門でしょう。

・VS宮本武蔵

 【ただ、蒼い海と白い土。

 水と砂。

 あくまでも、むなしいほど明るいのに、それはなぜか、惨として物凄まじい死の風景を思わせた。】

 【しんかんとした秋の午後である。

 すべてこの世に、事もなし。―――といった風な。】

 武蔵戦はすべてが読みどころで、生者と死者のラストマッチに相応しい舞台設定でした。

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