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2008年11月

「山田風太郎記念館」にて③

Photo  ”第6回風太郎祭”記念講演会のプログラムは、下記の通り。

  ○ 開会挨拶    小谷 史郎氏

 ○ 記念スピーチ  原田 裕氏

 ○ 記念講演    菊地 秀行氏

 ○ 閉会

 「山田風太郎記念館」HPの案内では、13:00会場・13:30開演となっていたのですが、実際は13:00開演と、30分早まって、おかげでお昼ご飯を食べそびれるという。(´・ω・)

 記念スピーチの原田氏は、デビュー直後の山田風太郎の担当者であり、半世紀以上山田先生と家族ぐるみのつきあいをされていたそうです。また、このたび刊行された、「橘傳來記」の出版元である、出版芸術社の社長さんでもあります。本の宣伝をたくさんされていきました。でも、ほんとうに、よくぞこのタイミングで「橘傳來記」を刊行してくださったものと、感謝に耐えません。

 菊地先生の講演は、「私と山田風太郎―作家をつくった作家―」と銘打ったもので、1時間半近くにも及ぶ内容となりました。「忍法帖についてのみ話す」という前置きをしたうえで、いかに山田風太郎の忍法帖シリーズが、自分の運命を決定づけたか、熱弁をふるわれ、映像化された忍法帖のうち、わずかにまともなものは「魔界転生」のみとも言い、この人となら、3軒は忍法帖の話題のみで居酒屋をハシゴできる、と確信しました(笑)。

 講演後に質問コーナーがあったのですが、このときなぜ勇気を振り絞って、「菊地先生と山田先生が合作されたとして、山田先生の書く柳生十兵衛と、菊地先生の書く柳生友矩が対決したら、どちらが強いと思いますか?」という質問をぶつけることができなかったのか、今になって後悔することしきりです。

 ・・・・・・菊地先生からしてみたら、迷惑な質問でしょうが。

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「山田風太郎記念館」にて②

 さて、いよいよ館内に入り、事務室の女性に自分の会員証を見せ、妻の分の入館料200円を支払うと、「よろしかったらご記帳を」と勧められたので、いわれるままに名前と住所を書いていたら、「あ、もしかして、メールで入会された方ですか?」と聞かれました。

 (―――ああ、もしかしたらこの人が庶務のNさんなのかなあ)と考えつつ、「・・・・・・ハイ」と返事をしたところ、この後、何回か関係者(?)の人に「メールの人です」と紹介されることに(笑)。入会手続きの際に、数回メールのやりとりをさせてもらったくらいですが、案外と認知されているもんだなあ、と嬉しいやら、気恥ずかしいやら。

 この最初のやりとりのときに、すぐ横のテーブルで、スーツ姿の男性と年配の女性がお話をされていたのですが、このお二人が菊地秀行氏と啓子夫人でした。

 別に来館していた男性が、菊地先生に「ファンです。サインしてください」と言ったのを聞いて初めて、自分が、機会があればサインをしてもらおうと事前に購入していた先生の著作本を持って来なかったことに気付きました。あたふたして、「山田先生の本(館内で風太郎の著作が売られていたので)に菊地先生のサインをしてもらったら、変ですよねえ(当たり前だ)」とわけのわからないことを口走っていたところ(本当にごめんなさい)、「道向こうの講演会場で、菊地先生の本も売っていますよ」と教えてくれた女性がいて(後になってそれが有本倶子さんだったらしいと知る)、焦って買いに行ったりする場面もあったのですが、無事、サインをいただくことができました。

 ・・・・・・実は、講演のあとにちゃんと菊地先生のサイン会があったので、そんなに焦る必要もなかったのですが、まあ、多少お話ができたので、良しとします。

Photo_11  話を記念館に戻します。

 交流スペースでは、風太郎先生の紹介ビデオを見せてもらいました。お茶と、お茶請け(チョコレートでした)も出してもらい、終始アットホームな雰囲気に和みます。

Photo_12  交流スペースで見ることができるらしい、ビデオ・DVDの数々。「魔界転生」等の定番な映画から、貴重な映像までいろいろとありました(時間に余裕があれば、「NHKハイビジョン特集 山田風太郎が見た日本」が見たかった)。菊地先生も酷評された「SHINOBI」があるのは、ご愛嬌。

Photo_13  啓子夫人の寄贈による、『風太郎文庫』。320冊のうち、約半数が初版本で、地元の人は無料で借りる事ができるそうで、なんともうらやましい限りです。関宮小学生の風太郎ガイドブックも閲覧可能。

Photo_14  交流室の向こう側が資料の展示室となっています。展示室の写真撮影は不可とのことでしたが、特別展示の「未発表資料に見る風太郎」を含めて、じっくり見ることができました。

 展示を一通り見終えると、時間も午後一時近くなっており、記念講演会の開場時間も迫って来ていたので、会場のノビアホールに移動することに。

 会場では、山田風太郎が「達磨峠の事件」以前に書いた、13篇の小説を収録した作品集「橘傳來記」が初お目見えという事で販売されており、私も当然のごとく購入しました。17日に刷り上ったばかりそうで、本屋にもまだ並んでおらず、風太郎祭の記念講演に間に合わせるために刊行されたそうです。

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「山田風太郎記念館」にて①

 「山田風太郎記念館」に行ってきました。

 ”いつかは行かなければならないだろう”という思いはありながらも、年頭の目標に立てていたわけでもありませんが、初夏に「風の墓」を訪れて、”なるべく早い時期に行ってみたい”という気持ちが強くなり、思いたったら吉日という言葉の通りに計画を立てたのですが、第6回風太郎祭に時期を合わせて行くことができたのは、本当にタイミングが良く、僥倖なことだったなあと思います。

Cimg2972_2  前日に姫路に宿泊したので、記念館のある養父市関宮町まではおよそ100キロの道程です。多少の勾配はあるものの、道路事情は想像以上に快適でした。

Cimg2976  道中、紅葉を楽しみながらのドライブ。播但連絡道路を降りてからも、いわゆる山道のような箇所はほとんどなく、富士宮から甲府へ抜けるような道を想定していた自分にとっては、嬉しい誤算。

Photo  てなわけで、記念館には姫路から2時間足らずで到着したのでした。駐車場にはいくぶん狭い道に入らねばならず、ナビがなければ通り過ぎていたかもしれません。

Photo_3  駐車場も思いのほか広く(記念館の規模からして、せいぜい4~5台くらいのスペースしかないかと思っていました。ごめんなさい)、写真にあるような立派な巨木が植わっていました。黄色に色づいた葉っぱが見事です(この木、なんていう木かしら)。

Photo_5  ・・・・・・ああ、ついにここまで来たのだなあ、としみじみ。

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 入り口の様子。

Photo_10  二年前に寄贈されたという棗の木がこちら。

 風太郎は「わが家は幻の中」というエッセイで、棗の木について次のような記述をしています。

 【屋敷の一劃に畑があった。畑の隅に、大きな棗の木があった。秋、その実が褐色に熟すると、私は少年倶楽部をかかえて、その樹上のしかるべき枝に腰かけ、棗を食いながら少年倶楽部を読んだ。実は甘ずっぱく、爽やかで、私は果てしもなくそれを口に運んだ。

 その懐かしさだけで、数年前、私は、東京の家の庭に、同じくらいの大きさの棗の木を植えさせた。秋になってその実を食べたが、それは意外にも、それほど美味くはなかった。―――】

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生死一眼(忍法帖の世界⑥)~和歌山城

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 【ふしぎな空だ。黒い乱雲が渦まきながれているのに、ときどき金色の光がさす。そのたびに大空に、三層の大天守閣が墨色に浮かびあがり、また金色にきらめいた。

 和歌山の中央にある虎伏山にそびえる和歌山城であった。】

 宿泊したホテルが和歌山城のすぐそばにあり、部屋の窓から、上に載せたような高い位置からの写真を撮ることができました。城めぐりをする場合、近くに宿をとっていない限りは、たいてい天守閣は下から見上げたような格好の写真しか撮れないので、じゃらんnetでの宿泊先検索は非常に役に立ったといえます。

Photo  ちなみに、今回泊まったのはこちら(←)。朝食バイキング付きで、2人で13,000円ほどでした。

Photo_2  ライトアップされた和歌山城もキレイ(写真はぼけてしまいましたが)。部屋からのショットも狙っていたのですが、ご飯を食べて戻ったら、電気消えてるし。(´・ω・)

 ・・・どうやらライトアップはPM10:00までだったようで。

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Photo_4 【屋根は三層であるが、徳川御三家の威を具現して、よそにある五層の天守閣などよりはるかな巨大感を持っている。これがあまりに雄大なので、幕府から嫌疑をかけられたとき、頼宣は大笑して家老の安藤直次に、「・・・・・・余に異図あらば、進んで大坂城に拠るべし。なんぞ区々たる和歌山城を保守せんや」と、いいぬけさせたという。】

 柳生十兵衛が、ふところ手をしながら振り仰いだこの時代の天守は、弘化3年(1846)の落雷で焼失してしまったようです。4年後の嘉永3年に再建されたものも、昭和20年の戦火で失せ、現在のものは昭和33年に復元されたものだとか。

Photo_6  虎の伏した形に見える、というので虎伏山ということらしい。

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西国第二番札所(忍法帖の世界⑤)~紀三井寺

Photo 紀三井寺。「魔界転生」で、柳生十兵衛一行が、和歌山城下に巡礼姿で乗り込んだ折、門前の空き地に正木坂道場出張所を開いた場所です。

 【正しくは金剛宝寺といい、宝亀元年唐の為光上人の建立にかかるという。古儀真言宗に属し、西国第二番の霊場となっている。名草山という山の中腹にあり、六万余坪といわれる境内の絵馬堂からは、和歌浦の風光から淡路島まで一望のうちにおさめることができる。】

 道成寺での、柳生如雲斎との一戦から、ここ紀三井寺に至るまでの経緯や、道場を開いてからのいきさつがとにかく面白く、直接転生衆と剣をもって対峙するわけではないのですが、「魔界転生」の舞台を巡る旅には欠かせない場所といえるでしょう。

Photo_2 桜門を抜けると、直線状の長い長い石段が(231段とか)。登らないわけにはいきません。

Photo_3 石段の途中に、紀三井寺の名称の元となった、三つの井戸のうちのひとつ、「清浄水」がありました。

Photo_4 地元の久能山東照宮の石段に比べれば、急とはいえ、まあ楽な方です(久能山は傾斜が緩やかですが、その分距離があるので)。ここは、転んだらタダでは済みそうにありませんけど・・・。

Photo_5 最上段から、下を見下ろすとこんな感じです。

Photo_6 遠方から見ても目を引く仏殿がこちら。木造では日本最大の大千手十一面観音菩薩が入佛されています。今年の五月に落慶法要が営まれたばかりだそうで、つまり、十兵衛が道場の出張所を開いた寛永年間にはなかったものです。

Photo_7 仏殿からの眺望が素晴らしく、まだあまり寒くないので、風が気持ちよい。

Photo_8 海と山に挟まれた地形のせいか、地元を彷彿とさせる景色が、ときおり心を和ませてくれました。

Photo_9 仏殿から見た本堂の俯瞰図。紅葉の季節には早かったのが、ちょっと悔やまれました。春には早咲きの桜で有名なお寺でもあるそうです。

Photo_10 本堂。

Photo_11 さて、「公議に知らせれば、江戸柳生もつぶれるぞ」という如雲斎の捨て台詞に、足止めを余儀なくされていた十兵衛も、罠と判りきったお品の提言を、あえて受け入れることにします。

【彼はただ点火を待っていただけであった。

 ここで黙然と腕こまねいていられぬことは自明の理だ。事実、座り込んでいる一刻ごとに事態は悪くなっている。にもかかわらず、座り込んでいたのは、うごくにも法がないということより、例の柳生云々という如雲斎の呪文に封じられていたのだ。それをふり切るためには、十兵衛にとってやむを得ぬ時間の足ぶみであったといってよかろう。

 いまや、敵の使者は来て、へたな手つきで火をつけた。

 点火の上手下手は問わず、待ち受けていたもののごとく彼は燃えあがった。】

 このあたりの言い回しは、さすが風太郎というか、「柳生忍法帖」において、柳生十兵衛がただ一人、敵の本拠地である鶴ヶ城に乗り込む場面を想起させ、大いなるカタルシスの爆発を予感させるのです。

 【やがて、紀三井寺の石段に、深編笠の姿を現した柳生十兵衛は、腰の愛刀三池典太のつかを、かろく一つ、とんとたたくと、たたたた、と石段を風のように駆け下りていった。】

 

 

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ANA UNIFORM COLLECTION [Petit]

 映画「ハッピーフライト」の公開記念で、ローソン限定で売られているやつです、ええ。

 「大きい方のフィギュア持ってるし(3セット分)、小さくなればなるほど、顔のペイントが雑になるから買わない」と言い張っていたのですが、現物見たら結局欲しくなって、買ってしまいました・・・。

 自分が6種類・彼女が2種類を購入。お互いに2005年のものを購入したので、全部合わせると7種類です。なぜか売っていなかった1955年と、売っていたけど買わなかった1970年を買えば全種コンプリートなので、ここまで来たらそろえちゃったほうが無難なのは確か。

 ・・・って、なにげなくフィギュアを梱包している袋の裏を見たら、”今冬、「食頑パート2」発売”だとおおお! 

 情報サイトを覗きに行ったら、そこには「鉄道むすめ」を思わせるフィギュアの見本写真が。内訳は、キャビンアテンダント× 3、パイロット×2、グランドスタッフ×2、整備士×1の全6種8タイプだとか。第一弾の時は、原型師が4~5人ほどいたと記憶していますが、第二弾は見本を見る限り・・・1人か2人? のような感じがします。

 パッと見の印象では、表情に個性が見受けられないのが気になりますが、それでも、きっと何ケースか買ってしまうんだろうなあ(笑)。―――「食頑」としても、前回のスープと同様のもので出してくるのか、それともそれ以外のものでくるのか、こちらも注目といったところです。

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忍法帖の世界④~根来寺

 ―――根来寺といえば、根来忍法僧。忍法帖ではいまいち華のない(むしろやられ役)彼らの本拠地が、ここ和歌山にあろうとは。

 根来という単語にはピンときても、敵役としての存在以外では本当に薄ーい印象しかないもので、うっかり見過ごす所でしたが、「魔界転生」にも次のような記述がありました。

 【和歌山から紀ノ川に沿うて東へ四里。その紀ノ川の北岸に、岩出という村がある。その北側の小さな丘の竹林の中に、山伏たちがむらがっていた。ここからみれば、紀ノ川とならんで、東西に紀伊国を切る街道を見下ろすことができる。

 根来忍法僧たちであった。

 彼らの本拠根来寺は、この村から二里、すぐ北へ入ったところにある。】

 歴史は古く、国宝の大塔や庭園が有名のようです。

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 この門から忍法僧が駆け出してくる様を思い浮かべると、ぞくぞくしてきます(やられ役的な意味で)。

Cimg2323  境内。ひと気は少なく、敷地の手入れもあまり丁寧と見えないのが、この寺の荒々しい気風を物語っているものか、と勝手に妄想。

Cimg2328  池にかかった橋の、「マムシ注意」の看板にびびる。

Cimg2329  マムシ、本当に出るのかなあ・・・。

Cimg2338  池の景観は風情がありました。花の綺麗な季節には、また違った様相を見せることでしょう。

Cimg2340  ・・・・・・ちょw。「修行中」はいいとして、これって、あれですか。

Cimg2342  残念ながら、この日は大塔の補修中で、間近で見ることは出来ませんでした。

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Cimg2348 駐車場にはやたらたくさんの野良猫がいて、タクシーの運転手さんが弁当のおかずを分けていました。エサ目当てと知りつつも、それなりになつっこくて可愛い。自分がコーヒーを飲んでいる間に、彼女がひざに乗った猫をおろそうとしたら、背中に回りこんできたそうです(笑)。

 境内には怪我を負ったシロネコがにゃあにゃあ鳴いていましたが、社務所の人は完全無視でした(珍しくも無い事なのでしょう)。

 最後に、根来忍法僧が活躍する忍法帖で、一番好きなのは、やっぱり「伊賀忍法帖」です、先生!

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西国第三番札所(忍法帖の世界③)~粉河寺 其の弐

 話を本筋に戻します。「魔界転生」で、作者は粉河寺を次のように紹介しています。

 【この寺は奈良朝時代の創建で、開基の年代からいえば、高野山よりもっと古い。平安朝から室町時代にいたっては、堂塔すべて五百有余年をかぞえたという。が、みずからもつ威厳のためにかえって豊太閤に抵抗して、天正十三年、全山焼き払われた。

 その後、ふたたびほそぼそと再建にとりかかり、頼宣が入国してからは多少の援助があったとはいうものの、なおこの当時、風猛山の麓、一万五千余坪の境内は、ただ茫々と吹きなびく秋草の野といってもいい状態であった。】

  いうまでもなく、「魔界転生」作中で、粉河寺は柳生十兵衛と天草四郎の決着の場となりました。同時に、父である柳生但馬守が、転生衆の中に存在する事を天草四郎から聞き、十兵衛の苦悶と懊悩が始まる場所でもあります。

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←粉河寺大門。天草四郎が、御詠歌を口ずさみながら、お品に狼藉を働いたのは、この大門の屋根の上であったでしょうか。

Photo_13 大門の内側。左手に土産物屋兼、食事処があって、ここで先に昼食を摂ることにしました。そばを注文すると、「よかったら柿寿司もどうぞ」と薦められる。自分たちは食べませんでしたが、他の客のテーブルにもれなく柿寿司が置いてありました。

 自分の記憶に間違いがなければ、お店の屋号は「たのもしや」だったような・・・。どこかで聞いた名前だな、と思ったら、御詠歌の「仏の誓い たのもしの身や」から来ている?

Photo_14 ←こちらは中門。

 待てよ、【粉河寺の山門の石段を、たたたたと駆けのぼっていった】という描写から察するに、戦いの舞台はこちらの方??

Photo_15 大門から中門までの距離は、200メートルくらい。

 

 【「十兵衛さまっ」

 空から声がきこえたのは、山門を境内へ走りぬけようとしたときだ。

 同時に、その内側の軒をかすめて、どっとひとつの肉塊がおちて来た。一瞬、上を仰いで、それを受け止める。・・・・・・

 ――変幻自在の女忍者の出没におどろくよりも、

 「きゃつ。――」

 切歯の声とともに、同じく山門の上から境内へ――三四間もかなたへ、ぽうんと飛び下りたもう一つの影に、柳生十兵衛はきっと隻眼をむけていた。】

Photo_16 ←中門内側。戦闘の場所としては、こっちのほうがしっくりきますねえ。

 映画や舞台等の他媒体で、天草四郎はラスボスとなっているがゆえに、粉河寺での名(迷)勝負が一度として映像化されていないこと(劇画除く)に不満を覚えます(笑)。原作のここのくだり、好きだわー。

Photo_17 寺ですから、当然本堂もあります。南東側には立派な楠木も。山門のことしか頭になかった自分って一体・・・。

 巡礼姿の参拝者が多く見受けられたのも印象的でした。一度、本気で西国三十三ヶ所めぐりをしてみたいものです。

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Photo_19 上の写真の看板通りに、孔雀もいました。

 さて、ここからそう遠くない場所に根来忍法僧の総本山があったのです。

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西国第三番札所(忍法帖の世界③)~粉河寺

 今回の和歌山行きで最後まで悩んだのが、行き先の選定でした。山田風太郎の「魔界転生」の舞台となった史跡・名所をめぐるという思いは数年前からあったのですが、あのだだっぴろい紀伊半島を1泊2日で回るのはとても無理な相談で、青岩渡寺→三段壁の道のりの遠さを地図を見て改めて思い知り、最終的に和歌山城を中心とした「魔界転生」の舞台を巡るということで落ち着きました。

 柳生→伊賀上野は以前に数回行っているので、いわば「魔界転生」ツアー・第二弾となります。いつになるかは判りませんが、今回の目的地から外した青岩渡寺→三段壁→道成寺を第三弾として、この大いなる目論見は達成されるはずです(笑)。最初から休みを3日とって行けよ、というのは”無し”で・・・。

 さて、和歌山までの道程は、自宅から400キロという距離さえのぞけば、比較的順調なもので(9割方、高速道路での移動だったせいもありますが、なによりナビの存在がでかい)、粉河寺への到着予定時間が1時間近くも早まりそうになったため、急遽通り道にあった法隆寺への寄り道を決めたくらいです。

 その寄り道のはずだった法隆寺での滞在時間が存外に長くなってしまい(見応えありすぎるでしょ、あそこ)、粉河寺に着いたのは、午後一時を少し回った頃でした。

 まず駐車場を探します。山門の50メートルほど手前に、個人経営の駐車場を見つけたので、ひとまずそこへ。ほぼ満車状態でしたが、ちょうど一台抜けたところで、「ラッキー」と思いつつ、少し狭いスペースに止めようとひいこらしていると、先に降りた彼女が、「こっちのほうが広いって!」と声をかけてきました。見ると、駐車場のオーナーさんが出てきていて、奥のスペースへと誘導してくれました。

 ―――で、ここで意外な生き物に出会う。「わ、びっくりした」という彼女の視線の先にあったものはというと。

Photo_11 ←猛禽類でした。しかも2匹。

Photo_10 聞くと、他にもカラスがいるといいます(確認できたところでは鶏と、犬も2匹いました)。こんなに間近で見る機会も少ないし、まず飼っている人が知り合いにいないから、ちょっと得した気分になりました。

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招き猫の見た夢

 和歌山電鉄貴志駅のスーパー駅長さんに会いに行きました。

 貴志駅近辺には駐車場がないため、5駅前の伊太祁曽駅(一発変換できたことに驚き)の一般駐車場に車を止め、電車で貴志駅まで移動することになります。駐車料金の200円は、駅の改札に据え付けられた貯金箱に投入。貴志までの片道料金は280円で、往復切符も買えますよ、と駅員さんが教えてくれたので、そちらを購入しました。

 ―――15分ほど、のどかな山間の路を電車に揺られて行くと、スーパー駅長の勤務する貴志駅にいよいよ到着となります。

Cimg2569 ←いつも外に出ているのかと思ったら、そうではないようで、駅長室に助役さんたちと一緒にいました。

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←左に居るのがミーコかな(タマの母親)

Cimg2581 なんとも凛々しいお顔です。

Photo_20 駅長室全景。改札のすぐ横にありました。

Photo_21 ←駅の前に花輪があり、なんぞやと思っていたところ、帰りの車の中で聞いたテレビのニュースで、”ナイト”の称号を頂戴したことを知る。経済効果11億円って、すげーな。

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Cimg2604 ←おおむねごろごろしていた3匹。一時間半ほど貴志駅にいましたが、少人数ながらもスーパー駅長の周辺で人が絶えることはありませんでした。まあ、かくいう自分も、実際にここまで来ることになるとは思いませんでしたが。

Cimg2612 ミーコはそれでも時折カメラ目線をしてくれました。

Cimg2614 帽子を被ったところも見たかったですが・・・またいつかのお楽しみとしておきましょうか。長生きしろよー。

Cimg2620_2          

←伊太祁曽駅への帰りは、なんとかおもちゃ電車に乗り合わせることができたのでした(”たま電車”とやらもそのうち運行されるようで)。

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”新宿”の柳生十兵衛

 今年度の山田風太郎祭における、菊地秀行氏の講演の日も間近に迫ってきたので、久方ぶりに氏の著作でも先に読んでおこうか、という気になりました。

 「せっかくの機会なので時代物にしよう」と物色していると、「幽王伝」というタイトルの作品が目に留まりました。副題に「陸奥(みちのく)剣鬼連合」とあります。なにやら柳生十兵衛も登場する様子で、「柳生忍法帖」のラストで北へ北へと走り去った十兵衛の姿に想いを馳せつつ、菊地氏が柳生友矩を主役に据えた作品を書いている事を知っていた事もあり、その友矩の兄貴を、「魔界都市ブルース」や「吸血鬼ハンターD」の菊地秀行がどのように描いているのか俄然興味が湧き、一も二もなく購入を決定しました。

 ―――帰ってから気付いたんですが、これって三巻完結の最終巻じゃん!

 先に前二巻を読むべきか迷いましたが、最終的に柳生十兵衛が出てくるパートさえあれば充分、という結論に達し(病気か)、そのまま最終巻を読みきることにしました。

 さて時代小説といえど、そこに展開されていたのはまさしく菊池秀行ワールドというようなもので、バンパイアや妖魔のようなストレートな表現の怪物こそ登場しないものの(もしかしたら”いた”のかもしれませんが・・・)、離魂病とやらに罹っている柳生刑部を筆頭に、死人の剣を振るう、その名も”冥府流”の剣鬼たち、謎多き薬屋の陣吾、あの世から戻ってきたかのような、妖艶な美女・おえん等、異形の面々が跋扈する世界で、柳生十兵衛はいたって普通の人間なのでした。

 この作品の主人公・仏陀蒼介を別とすれば、柳生十兵衛は人間の中でも特に凄い、という位置づけで書かれており、豪剣をふるい敵対するものを大根のように斬って捨てるのですが、それでも奇人・妖剣の前では分が悪かったようで・・・・・・未読の方のために結末は伏せますが、これは”魔界都市”に放り込まれた柳生十兵衛の物語でもあったのでしょう。

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「仮面ライダー THE NEXT」

 やっと見れました。全体的なイメージは、「仮面ライダー」×「リング」×「バイオハザード」という感じでしょうか。大人向けの「仮面ライダー」を創る、というような意気込みだけはバシバシ伝わってきます。以下、感想やら不明な点やらを箇条書きで。

・「V3」の”V”が、”VERSION”の頭文字だったとは。昔の設定もそうでしたっけ?

・前作に続き、怪人のデザインは秀逸。日本人には日本人好みのデザインがあるんだなーと思います。

・チェーンソーリザードのチェーンソーの腹の部分に”ショッカー”と英字で入っているのがお茶目。

・怪人化した風見の妹の行動原理だけが不明。恨みを晴らすのなら、階段から突き落とした二人と、プロダクションの人間だけのほうが判りやすかったかも。

・その階段から落ちるシーンが豪快でワロタ。

・嶋田久作がショッカーの一員でないことの方が驚き。

・一文字の登場がとてつもなく突飛すぎる。

・ショッカー諦めるの早すぎ(バイクのタイヤでの摩擦煙にびびって見送るって、首領的にどうなの?)

・ショッカーライダー6人の始末のつけ方が適当すぎる(あんだけ手こずったのに、時間の都合でこうなりました、みたいな)。最後の決戦に至るまでに、一人一人数を減らしておけばよかったのに。

・ダブルキックとダブルアッパーは格好よかったです。

・ヒロイン(?)の女子が男喋りじゃないほうが良かったなあ・・・。

・「おまえ、おれしか友達いないだろ」「おまえもな」――― 何を狙っているのですか?

・エンドクレジット後のパチンコのシーンはどう考えても蛇足です。あれは結局都市伝説的な呪いだけが残った、ということなのかなあ。

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「インディ・ジョーンズ クリスタル・スカルの王国」

 新作を待ち焦がれていたほどのコアなファンではないけれど、スピルバーグ監督で「インディ・ジョーンズ」の新作が製作されたのは素直に喜ばしいことで、映画館に観にいけなかった不満もあり、直前までDVDを購入すべきかどうか迷っていたのですが、気がかりな点がひとつだけあったので、まずはレンタルしてみることにしました(そのうち4部作のBOXも発売されるでしょうし、どうせ揃えるならそっちの方がお得ですしね)。

 ・・・・・・購入を思いとどめてよかったです。むしろ映画館に行かなかったことも。

 テーマが宇宙人(異次元人?)というのも、なんとなく「インディ・ジョーンズ」にそぐわないような気がしますが、終始演出がムチャぶりで(脚本がムチャなのか)、長いコントを観ているような錯覚に陥ります。主演がハリソン・フォードでなければ、充分「ハムナプトラ」の新作として通用したでしょうに。「インディ・ジョーンズ」でなくてもいいじゃん、というどこかで味わったような感覚は、「ダイ・ハード4.0」を観たあとに感じたものとほぼ同じようで・・・。

 それでも過去三作品を観た人には、思わずにやりとする場面もあり、マリオンの息子が実はインディとの間に出来た子供だった、というちょっとしたサプライズもあるので、そういう意味では紛れもなく「インディ・ジョーンズ」なのですけれど。

 ―――インディのトレードマークの帽子を、息子が最後にかぶるというような下手な演出がなかったのは、新しい「インディ・ジョーンズ」の物語はないという暗示だったのでしょうか。

 それにしても、インディの息子がジャングルの中をターザンよろしく蔦を伝って進んでいくのだけは、どうしても合点がいかないのです。

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「カルドセプトDS」 ④

 長々とこのゲームに付き合っている自分の、プレイスタイルを改めて考えてみました。

・クリーチャー、アイテム、スキルの比率は、5:2:3くらい

・属性の好みは、水>風>火>地>無

・攻め込まないで、守りに徹する

・対人戦のブックには、Eカード・オールドウィロウ・ケルピーは入れない

・コストよりも能力重視

・コンボとか実はよく知らない

・重要な局面で高額敵領地に止まる

・直接の敗因に対抗するカードをすぐブックに入れたがる・・・

 一作目から通してみると、上記のような傾向が強いようです。他のプレイヤーさんにも当てはまる部分は多い事かもしれません。いままでの固定観念を取り除いてブックを練れば、対人戦の勝率ももっと上がるでしょうか・・・?

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