「忍者月影抄」
十何年か振りに、「忍者月影抄」を読み返しました。
この、風太郎忍法帖の第5作目となる長編忍法帖は、菊地秀行氏が偏愛する一冊として掲げ、「すべて私の手本である」とまで言い切るほどの一遍でありますが、集団戦の帰趨に主眼が置かれているため、主人公と敵役がわかりやすく配置されている作品のほうが好きな自分としては、やや低めの評価としていたのですが、改めて読み返してみると、菊地氏に多大な影響を与えたのもむべなるかな、という出来映えであり、山田風太郎の面目躍如ともいうべき仕上がりとなってます。
他の忍法帖と比べても、かなり個性的かつ見栄えのする忍法の造形はもとより、お得意の忍者同士の闘いに彩りを添える、江戸柳生VS尾張柳生の剣戟場面の迫力は、凄絶の気すら放って読者を圧倒しますが、それらを描写する山田風太郎の筆致は、あくまでも流麗で、軽快な調べを奏でているかのようです。
それだけに、この暗闘の背景にあるのが、尾張宗春の度を越した悪戯と、それに対する将軍吉宗の過剰反応というのが、どうにももったいなく感じるのですが、それが「天一坊事件」の瓦解に結果的に繋がるということを考えれば、その構成の妙にはなるほどと手を打たざるを得ません。
・・・・・・さて、今回私は、河出文庫版を読んだのですが、それは【忍法 埋葬虫】の回で起こりました。
公儀お庭番・一ノ目孤雁を斃した、尾張御土居下組・御堂雪千代が、不意に肩に刺すような痛みをおぼえたとき、
【「なんだ?」
愕然としてふりあおぐ顔の上を、煙のようなものがながれすぎて、三日月の空にぼやっとひろがって消えていった。さすがに雪千代は、それが微小な昆虫の集団であることを見とめたが、それ以上の判断はつかなかった。
むけおちた。
美しい甲賀の忍者は、それこそ死びとの色に変って、白い初秋の日の下にたちすくんだ。江戸まではまだ十里あった。】
え・・・・・・?
【むけおちた】って、なに?
山田風太郎先生の文章はかなり判りやすい部類に入ると思うのですが、この部分については、前後の文章にまったく脈絡がなかったので、かなり狼狽することになりました。前回読んだ時も、ここまで混乱した記憶はありません。
――答えは2頁先にありました。
一ノ目孤雁の執念ともいうべき忍法の残り火は、御堂雪千代と吉宗の元愛妾・弥生の肉体を、生きながらに腐らせていきます。
【御堂雪千代は狂気のごとく、松並木のかげで弥生の背をむいた。やがて「公方様御側妾」と朱文字を入れるべき女の皮膚は膿爛し、それをはいだ彼の指の皮膚もずるりとむけおちた。
美しい甲賀の忍者は、それこそ死びとの色に変って、白い初秋の日の下にたちすくんだ。江戸まではまだ十里あった。】
正確には別の言い方があるのでしょうが、どうやら乱丁の類だったようです。(´・ω・)
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