Y十M

「Y十M」最終話・雲とへだつ

 「Y十M~柳生忍法帖~」最後の感想となります。今まで「Y十M」について書いてきた内容を読み返すに、思い入れが強すぎちゃって、まとまりがなくなりそうなので、箇条書きでさらっと。

・『師たる快僧と、剣聖たる父』との問答がアツい

 沢庵・「この城で、牢まで入って苦労したものを」→但馬・「ではその牢屋に入れて窮命してやろうか」のやりとりがなかったのは残念ですが・・・この場面での沢庵の別のセリフ「命のやりとりでは、せがれの方がおやじよりだいぶ強いのじゃないか」を見ると、十兵衛と但馬守を闘わせようという発想が、このときすでに山田風太郎の頭の中に浮かんでいたのではなかろうかと勘繰ってしまいます(結果論だけど)。

・それにしても沢庵っていい坊主だわ(「バガボンド」を読んでみても)。で、いつ死んだのかちょっと気になって調べてみたら、1646年1月27日(正保2年12月11日)となっていました。・・・って、沢庵がもう少し長生きしていたら、「魔界転生」でなんらかの役割を持って登場していた可能性がありますね。

・十兵衛のギャグ走り(笑)

・このあと逃げようとしている芦名衆の一人をボコり、オリジナル展開を期待させ、堀の女(プラスおとね)たちとのやりとりの後、別れを告げる場面で、鶯の七郎が再登場したのは嬉しい演出でした。しかも、十兵衛と同じ片目になってるし。

 事情を知らないお千絵とお笛が「?」「?」としているのも芸が細かいです。このまま女たちのもとへ帰って、東慶寺で飼われるという展開もありかな、とも思ったのですが、束縛されずに大空を飛び回っているほうが、十兵衛の幼名をつけられた鶯にはぴったりなのかもしれません。

・陰惨な状況の多い「柳生忍法帖」でしたが、ともあれ大願を果たし、会津には平和が訪れます。原作では、十兵衛が「では、さらばだ!」と馬に鞭をあててその場を去ると、馬上でうなだれる8人の女の描写があり、いくぶん切ないお別れとなっていましたが、「Y十M」の別れの場面は、明るく救いがあり、大好きなシーンとなりました。

・「もうひとり―――おれだけが弔ってやらねばならぬ女がある」

 蒼空に映る在りし人の姿は、漫画では王道と言ってよい表現方法だと思いますが、まさか後姿でくるとは。正直、やられた気分です。

・前に一度書いたことがありますが、もう一度だけ言わせてください。

 「せがわ先生、ありがとう!」

 

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「Y十M」最終話

 とりあえず、せがわ先生、お疲れ様でした! ぴったり100話で完結したのが、個人的には超・気持ちがいいです(笑)。

 最終回の内容についての感想は、またあらためて書くとして、ラストページの編集部コメントみたいなのを読む限り、せがわ先生による「魔界転生」漫画化のフラグが立ったと見てよいのでしょうか? どうあれ、次回作に取りかかるには、まだまだ間が空くでしょうけれど・・・。今後の活動に注目、ですね~。

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「Y十M」第99話

 とても清々しいのです。

 そう、「柳生忍法帖」は、他の忍法帖と比較してみても引けを取らないくらい大層な数の死人や犠牲者が出ているにも関わらず、基本的に大団円なのです。

 復讐を誓った堀の女たちが、一人も欠けることなく本懐を遂げることは、全滅エンドの多い忍法帖シリーズの中では特例と言ってもいいくらいで、だから、「柳生忍法帖」は、こうも明るくて清々しいのです(続編と言える「魔界転生」でも、娘3人と弥太郎が生き残りますが、「柳生忍法帖」のラストの印象とはほど遠く、忍法帖特有の空虚さに包まれているのは、主人公である十兵衛の苦悩・煩悶のせいかもしれません)。

 いよいよ、「Y十M」も残すところあと1話のみとなりました。

 「柳生忍法帖」の原題である「尼寺五十万石」を、今話の章題に持ってきたように(最終回の章題が”アレ”として、当初からの予定通りだったのでしょうか)、原作ファンが拍手喝采をしたくなるような最終回を、期待してしまってもいいですよね。

 

 

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「魔界転生」への架け橋

 このブログのテンプレートが、桜のままなのは、「Y十M」内の季節がまだ春真っ盛りだからで、別に手抜きではありません。「Y十M」が完結したら、変更する予定です。

 さてその「Y十M」ですが、完結まであと2回というところなのですが、原作の残り枚数を考えるに、いままでのペースだとちょっとページがあまりそうな気がしませんか。エピローグでオリジナルエピソードを少しでもからめてくれたら嬉しいですねえ。

 あとはしつこいようですけど、「魔界転生」に繋がる終わり方とか、やっぱり期待してしまいます。木村助九郎も顔見せしたことだし、いきなり片手片足を斬られた助九郎が柳生城に逃げ込んでくるシーンから始まって、転生衆と十兵衛が門を挟んで対峙するっていう画面で終わるのも夢があっていいなあ。

 ”天草四郎が聞いた。

 「せっかく『Y十M~柳生忍法帖』が完結しようとしておることじゃ。一応続きを見たかろうと思って聞いたまでだ」

 「・・・・・・見たい」

 「・・・・・・見たいのう」

 と、但馬守と如雲斎はうなずき合った。”

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「Y十M」第98話

 寛永20年(1643年)の春、尼寺の大虐殺に端を発した未曾有の復讐劇は、1年の時を経て決着の瞬間を迎えようとしています。

 この年、

 柳生十兵衛36歳。

 柳生宗矩72歳。

 木村助九郎58歳。

 「魔界転生」において転生衆が揃う正保3年(1646年)まで、あとわずか3年。考えてみればこのときすでに、蘇った天草四郎や荒木又右衛門が、森宗意のもと密かに地下に潜っていた時期なのですね。

 なんか、わくわくしてきました。

 

 

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「Y十M」第97話

 柳生十兵衛VS漆戸虹七郎。

 ほとんどセリフのない今話での2人の一騎打ちは、まさに圧巻の一言。

 最終回を目前にして、せがわまさきの「Y十M」は、ついに原作を凌ぐ機会を得たと言っても、言い過ぎではないでしょう。

 ・・・えらそうですいません。

 本当に嬉しかったんです。

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「Y十M」第96話

 味方にすればこれほど頼もしい人物もいないが、ひとたび敵に回せば容赦のない男、それが柳生十兵衛三厳。

 ・・・さて、今回は見どころが二つあるはずなのでした。

 ひとつは、回転式という奇態なギミックをほどこされた磔柱に、全裸で縛りつけられて、芦名衆にぐるぐる回される五人の堀の女たち(こちらは原作の描写とは違い、上半身はあらわになりながらも、白装束に身を包まれるというソフトな表現に変更されていましたが)。それを指図して哄笑するのは、原作では虹七郎なのですが、こちらも明成に変更となっているのは、どこまでも憎たらしいこのバカ大名の滑稽さを、最後の最後まで読者に印象付けるためでしょうか。

 そして、もうひとつの見せ場は、人間の腕をもって書かれた、『蛇の目はひとつ』の大文字。原作では大手門の柱に書いていることになっているのですが、「Y十M」ではなにやら塀の一角に書かれていますな。しかも虹七郎との距離が、めっちゃ近いし。なんか、ものすごく絵的に映える場面であろうと思ってわくわくしていたのですが、はからずも和やかな気分に。

 そして数コマしか出番のない十兵衛先生でしたが、ラストページの大コマまで顔を見せないという演出と、気迫のこもった表情には圧倒されました。よくよく考えれば、「柳生忍法帖」と「魔界転生」を通して、柳生十兵衛がこんな顔をするのは、実はそんなに無い事なのです・・・。

 いよいよ最終回が迫ってきましたが、このペースだと・・・あと2~3回くらいかな? ちょうど100話まで、あと残すは4話ばかりなので、オリジナルの後日譚を含めて、キリのいいところまでいってもらいたいというのが希望ですが、あとはもう流れに身をまかせるしかありません。

 そして、続編として「魔界転生」をやってくれとは言わないけれど、「魔界転生」をにおわす終わり方をしてくれれば、大満足だなあ。数年後、柳生城でごろごろしている十兵衛のもとに、敵討ち志願の娘が訪れてきた・・・とかね。

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呼ぶ声

 「Y十M」がもしアニメ化されるとして、柳生十兵衛の声優さんは誰がいいかなーと考えてみたりするのですが、いまのところ大塚明夫さんくらいしか思い浮かびません。で、そうなると、芦名銅伯役は大塚周夫さん以外はありえないでしょう(柳生但馬守役でも可)。

 ・・・ただ単に、「魔界転生」の木村助九郎の遺言を受けて、「そうは言うがな、爺。頼みが大きすぎるよ(←原作のセリフとはちょっと違うけど)」というセリフを大塚明夫ボイスで聞いてみたい、というだけなのですが(笑)。

 「MGS4」のためだけにPS3が本気で欲しいです。スネークーーーーー!!。

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「Y十M」第91話

 処刑当日。獣心香の魔力も消えうせて、おゆらの方は本人の申告通り正気に。芦名の胤を宿す娘を十兵衛の手から取り戻すべく、悠然と地下祭壇に赴く銅伯はあくまで強気に。

 いきなりですが、マイフェイバリット忍法帖姫さまベスト10です。

・1位 麻也姫(風来忍法帖)

・2位 鞠姫(自来也忍法帖)

・3位 千姫(くの一忍法帖)

・4位 旗姫(忍法剣士伝)

・5位 鮎姫(江戸忍法帖)

・6位 右京太夫(伊賀忍法帖)

・7位 マリア天姫(外道忍法帖)

・8位 村雨(忍法八犬伝)

・9位 牢姫(忍法創世記)

 ・・・9人しか思い浮かびません。印象に残っている姫さまといえば、やはり長編に限られるし、いわゆるヒロインという立場の人物は省いたので、こんなところでしょうか。麻也姫はぶっちぎりの1位として、2位~5位は僅差、その下は強いて言えば性格や役割の問題です。

 さてなぜこんなランキングをつけたかというと、「Y十M」でおゆらの方の株がぐんと上がったので、ヒロインという括りでランクをつけると、どのくらいに位置するのか確認したかったわけなのですが・・・この順序でいくと、5位の鮎姫と6位の右京太夫の中間あたりかなあ(他のヒロインを付け加えると、順位的にはもっと下になると思います)。

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「Y十M」第90話

 遅ればせながら、「Y十M」第90話・『天道魔道』の回です(このペースからすると、100話の大台に乗って完結か?)。

 さて、正直言って、この辺りのくだりがここまでコメディ色の強いものになりうるとは、露ほども思っていませんでした(笑)。本来ならば、敵味方の苦悩・焦燥・戸惑いが色濃く描写されるべき内容なのでしょうが、それもこれもおゆらの方の屈託のない痴態のせいで・・・。おゆらの取り扱いに閉口する十兵衛もそうですが、わざわざ磔柱の出来上がった本数を伝えに来る虹七郎の登場場面はギャグ以外のなにものでもありません。

 原作を読んでいた時にはさほど感じなかったおゆらの、物語の展開を左右するキーマンとしての役割が、「Y十M」では異常なほどに誇張されているような気がして、思い返してみれば、おゆらが初登場したあのとき、「Y十M」は従来のバージョン1.0からバージョン1.5に大きく変貌を遂げていたのかもしれません。これは皮肉とか、けなしているという訳ではなく、原作至上主義者からの、「Y十M」に対する最大の賛辞です。

 ここまできてしまうと、俄然、せがわまさきの筆による「魔界転生」も見たくなってしまうわけなのですが、注目点はあの重厚緻密にして暗い原作を、原作から逸脱せずにどう漫画向きにアレンジするかということと、転生する剣豪=死者を、せがわ先生がどう描けるかということでしょう。まあ、いまこの心配をしても始まらないので、まずは残り少なくなった「Y十M」をラストまでしっかりと描ききっていただきたいです。

 

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「Y十M」第89話

 月曜日が祭日なので、いつもよりちょっとだけ早く読めた、「Y十M」第89話。1週に2話楽しめる喜び。ただ、ヤングマガジンの次回発売号では「Y十M」は休載となるため、また2週間ほど間が空くことになります。

 さて、今回はひとコマ目で明成の尻に十兵衛の刀が突き刺さっているような構図から始まっていて、普段コミック派のファンの方がいきなり本誌を立ち読みしたら、「明成が死んだ!」と勘違いをされるかもしれませんが、死んでないですよ。

 原作との相違は、虹七郎が銅伯の仕置案に従って、白木の磔柱を五本作るように命じる場面で、すぐに雪地獄に残っているおとねの分の追加を思い出すのですが、「Y十M」ではそのあたりのセリフはカットされています。これは新たな伏線と見ていいのか、単純にテンポを良くするために意図的に外したのか・・・普通に考えたら重要なセリフでもないですし、後者が順当なのでしょうが、どこか前者の伏線案を期待してしまう自分がいます。

 また、虹七郎と銅伯のやりとりを複数のカットで見せる中、おゆらが十兵衛に突き飛ばされた衝撃から醒めて、再び十兵衛に詰め寄る描写が丁寧になされているのも嬉しいところです。それにしてもおゆらの方ですが、前回までは獣心香に酔って、半ば本能的に十兵衛に吸い寄せられている様子だったのが、今回は「十兵衛が好き!」とはっきり言葉に出して言ってしまっているのが、原作を読んでいた時から多少感じていた違和感です。まあこの物語の柳生十兵衛に惚れるのは、男のおれだって理解できるけれど、少し唐突すぎやしませんかね、と。ただ、十兵衛がひとり城に乗り込んできた時からずっと、おゆらの心境の変化が画によって判りやすく表現されているのを見てきているせいもあってか、長年の疑問がようやく氷解したような気がしました。・・・それでも十兵衛はおゆらを敵の一味としか見ておらず、ガン無視しているのですけどね(笑)。「うるさい、どけ」と言われて相手にもされないおゆらの方が、ちょっと可哀想に思えました。

 沢庵に再会する最終ページ、なんの説明もなかったので忘れていましたが、銅伯が夢山彦の修法を取り行う時に使われる部屋みたいです。連行中の十兵衛に付き添いながら、「はよう~はよう~」としつこく迫るおゆらの方の姿に、なにやら微笑ましいものすら感じつつ、血で血を洗う因縁はいよいよ最終局面へ。

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「Y十M」第88話

 七本槍最後の2人のうちのひとり・香炉銀四郎が、顔面の刀痕に寸分違わぬ軌道の一刀を十兵衛に叩きつけられて、物語から退場となりました。これで会津の誉れ七本槍は6人を失い、残るは漆戸虹七郎ただ1人。「蛇の目はひとつ」。

 前半、殺気のないおゆらの行動に不意をつかれた十兵衛が、銀四郎の不穏な動きに気付いて斬り伏せるまでを、流れるようなアクションで見せながら、後半は霞網にとらわれた堀のおんな5人を救うための駆け引きが、十兵衛と銅伯の間で展開されます。「明成の命をもらう」と、至極当然な手札を利用しようとする十兵衛に対して、銅伯はあくまでも沈着に場の流れを読み取ろうとします。普通に考えたら、一国の主とおんな5人の命が釣り合う訳もありませんが・・・にくい、あの長い鼻がにくい。

 結果、十兵衛がおんなたちを見捨てる事ができようはずもなく、やむなく刀を置く破目になるのですが、これは霞網を放ったあとに斬り落とされた銀四郎の腕が、本体の命令系統から分断されてもなお霞網をコントロールしていたからで、まさに銀四郎の執念勝ちといったところです。

 そういえば、本体から離れてもそれ自体が一個の生命あるもののように動く腕といえば、「自来也忍法帖」や「軍艦忍法帖」をまず思い出すのですが、客観的に観れば非常に愛想がなく不気味なもので、正直な話、「自来也忍法帖」の蘭麝待は初読の際に生理的にとてもいやな気分になった記憶があります。忍法帖はそれまでも読んでいたし、もっとビジュアル的にえぐい忍法も多いはずなのですが・・・なんでだろ(笑)。尤も、今回の銀四郎の腕の場合は、意思をもって動いているのではなく、すでに脳から出された命令を遂行するために動いているというだけで、「自来也」や「軍艦」の腕の忍法とは根本的に違いますけどね。

 あとは霞網のモニョモニョ加減が気になった回でした。

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「Y十M」第87話

 「魔王大悪の根源を断つ!」

 前回の引きから、十兵衛の快刀が、明成の狂気のシンボルを切り落とす衝撃の(笑)幕開けとなりました。原作を読んでいる時は、「この馬鹿大名が早く死ねばいいのに」と度々憤慨させられ、今回の場面で十兵衛によってようやく下された人間としての制裁に、胸のすく思いがしたものですが、せがわ先生の画を見ていたら、爽快感よりもほんのちょっとだけ憐憫の情が湧きました。同性としての絶望感もさることながら、激痛に苦悶する明成の顔のバックで、小明成を奪い合う女たちのカットは、(いくら獣心香に侵されているとはいえ)十兵衛ならずとも戦慄を禁じえないことでしょう。

 それはそうと、原作ではこの場面のすぐ後に、立場が逆転してもなお、不屈の自信をうかがわせる芦名銅伯の居住まいに対して、十兵衛が「化物め」とうめき、銅伯が背を見せたまま「斬るか」と返す場面があるのですが、このやりとりはぜひ見てみたかっただけに、何事もなかったかのようにカットされてしまっていたのが、個人的には残念です。

 ・・・ああそうだ、今回おとねの出番で顔が写っている画面がひとコマしかありませんでしたが、かわいかったですね! 久方ぶりに堀の女たちも登場し、クライマックスへ向けて役者が揃ったという感じです。

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「Y十M」第86話

 2008年最初の「Y十M」。おとねが雪地獄の中にいる理由と、門田村の娘の伏線が解消されて、ちょっとすっきりした感じ。以下の文章でちょいネタバレありなので、未読の方はご容赦を。

 原作を読んでいたときは、「十兵衛見参」の章の長広舌シーンの次くらいにカタルシスを受けた部分です。やってることは江戸の花地獄でのトリックとほとんど変わらないのですが、絶体絶命の窮地から十兵衛がどう抜け出すのかという解答に破綻はなく、あっと驚かされた記憶があります。突発的な偶事に助けられることなく、登場人物が知恵をめぐらせて窮状を切り抜けていくのが「柳生忍法帖」の面白さだな、うん。十兵衛は助けられてばっかりのような気もしますが(笑)。

 おとねの緊張の糸も切れて、色っぽいサービスシーンが満載の獣心香祭りを2週分に渡って堪能できたのはよかったのですが、ただ、十兵衛の、「我慢に我慢を重ねてきたこの刀だ・・・」の部分のセリフはフルバージョンで読みたかったです、先生!

 「うぬら、ひとりでも気ままにうごくと、この明成の命はないぞ。いままでがまんにがまんをさせてきたこの刀だ。時をかけて、おれを縛った縄を引き切り、それからうぬらがここに入ってくるまで待ちくたびれさせておったこの刀だ。いなないて、武者ぶるいして、ともすればおれの手綱をふりきってあばれ出したがっておるから、そのつもりでよっくきけよ」

 原作だと上のセリフが該当する部分なのですが、ようやく逆転の機会を得て、すぐにでも明成たちに天誅を下したい気持ちを抑えた十兵衛のいらいらした内面がよく出ているセリフだと思うし、今回の最後のページの明成去勢につながる言葉でもあるので、見開きでたっぷり見てみたかったのですけどね。

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「Y十M」第85話

 今年度最後の「Y十M」。

 銅伯でさえも考えものとした「獣心香」の効果はてきめんで、匂いまでもが伝わってきそうな淫猥な空気が、雪地獄内部に蔓延していく描写が凄いです。いやらしいです。

 忍法帖ではたびたび出てくる女性の裸やセックスシーンも、小説を読んでいる時は卑猥な印象を受けることはほとんど皆無に近いのですが、こうやってせがわ先生が絵にしたのを見てみると、すげー破壊力があるなあと再認識しました。

 でも今回の見どころは、こんな色っぽいシーンだけではございません。雪地獄の檻の鍵を開け、のこのこ入ってくる明成に対して突きつけられる一振りの白刃、この時の十兵衛の顔と言ったら! 単身鶴ヶ城に乗り込んできた際の、泰然自若とした様子とはまた全く違う、ただ怒りと非道に対する嫌悪に裏打ちされた柳生十兵衛の形相、怖すぎます、先生! おゆら様も「獣心香」に酔っている割には、十兵衛の刀に超反応していったん飛びのいたのは、さすが魔人銅伯の娘というところでしょうか。おとねが再登場して、種明かしは次号年明けということになりますが、今年はいろいろと満足のいく描写が多くて、連載当初の不安や不満もあらかた吹っ飛んだ気がします。

 あと連載回数もそんなに残っていないと思いますが、せがわ先生の柳生十兵衛はもっともっと見ていたいなあ・・・続編としての「魔界転生」はムリですか?

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「Y十M」第82話

 雪地獄にとらわれている女たちって、みんな素っ裸のようなイメージが残っていたのですが、記憶違いだったようです。・・・エロいな、自分。

 このあたりの展開、原作を読んでいる時もまったく先がわからず、相当にドキドキした記憶がありますが、絵にしてみると、十兵衛が意外に落ち着いてみえるので、原作未読の読者には、十兵衛側に何か策あり、と思えてしまうかもしれませんね。剣客として、十兵衛に熱い想いを寄せちゃっている虹七郎と、絶体絶命の窮地にありながら、動じない十兵衛に苛立ちを覚える銀四郎との対比が面白い回でした。

 花地獄の回想で、懐かしの面々が思い出されたのもよかったです(笑)。折れた五本槍のことなど、とうに忘れていたよ。それにしても、このペースだと、ちょうど原作と同じ、桜の花の咲く季節にクライマックスを迎えそうです。

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「Y十M」第80話

 「柳生十兵衛、はじめて見参つかまつる」

 原作を初めて読んだ時は、ここの攻防で、虹七郎か銀四郎のどちらか(あるいは両方)が退場するとばかり思っていたのですが、あっさり銅伯に勝負を持っていかれて、それはそれで慮外に感じたものです。確かにまともにやりあったら、虹七郎と銀四郎では十兵衛に敵うわけもなく、当初の目的からも逸れるしなあ。銅伯が出張ってきたのも、武士としての純粋な興味が、柳生十兵衛という個人に揺り動かされたためでしょうか。

 十兵衛VS銅伯の場面は、2人の静かな対峙から、十兵衛のスピード感のある殺陣に変化して、とてもカッコよかったです! 銅伯は突っ立っているだけでしたが、忍法帖らしい「忍法なまり銅」の決めセリフが出て以下次々号へ。そういえば、忍法帖にはこの手の肉体を持つ忍者が何人か登場していたかと思いますが、どういう死に方をしたのかよく憶えていなかったりします。

 それにしても、せがわ先生の描く銅伯を見る度に、「星の子チョビン」の悪者を思い出す自分は古いですか? 小沢仁志が監督・主演した「くの一忍法帖 柳生外伝」は、プロレスラー高山善廣(廉助か孫兵衛役だったかな・・・)が「なにそれ?」と言うまでもなく、「なんじゃこりゃああああ」という出来の「柳生忍法帖」実写化Vシネでしたが、唯一評価できる点は、芦名銅伯役に麿赤児(平成版「魔界転生」で家康役)をキャスティングしたということです。主要人物の中では、特に原作のイメージを壊すことなく怪演されていたように思います。「柳生忍法帖」として観るとアレですが、無国籍時代劇と割り切って観るなら、そこそこ許せると思える範囲ではありますので、盛り上がらないけれど、十兵衛の「いやでござる」を音声で聴きたい方は、一度ご覧になってみてはいかがでしょうか。

 

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「Y十M」第79話

 今回は全体的に迫力と勢いがあって面白かったです。原作を知っていても、前回の口上シーンに劣らぬくらい、わくわくしましたよ~。原作をアレンジしている箇所がいくつかありましたが、虹七郎が枝を切って口にくわえるまでの流れや、銀四郎のプッツンシーン、十兵衛がかぶった般若面を一刀両断されるところなど、コミックならではの表現でもあり、また自分が原作から受けたイメージをそのまま映像化して観れたようで、とても嬉しかったです。七本槍はにやけ面よりも、今回のような凶相のほうが似合うな。

 それにしても、先週の十兵衛が深編笠の中で素顔を見せていたのは、コミック上の演出じゃなかったのね。言われてみれば、そりゃそうだ、という感じですが。右手で笠を下ろしながら、左手で般若面を顔に持って行けば、無理な技でもないか。

 そしてアイドル鶯の七郎、原作だと串刺しになってたはずだよなーと思い、確認してみたところ、やっぱり串刺しになっていたので、今回の描写を見るに、銀四郎の投げた小柄の衝撃で気を失っていただけなのが、今後奇跡の復活を果たして、よちよち飛びながら堀の女たちのもとに飛んで行く、という展開もあるかもしれませんね。いや、むしろそうなってほしいと願おう。

 さて、来週の章題はいよいよ「十兵衛見参」ですかね、先生?

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その時はきた

 「Y十M」第78話。ついにこの時がきましたよ、みなさん!

 忍法帖数あれど、私は迷うことなく、このシーンを忍法帖第一の名シーンに選びます。いや、山田風太郎作品群の中でも、間違いなく一番好きなシーンだと言い切ることができます。柳生十兵衛への、おゆらのスイッチが入ったのもこの瞬間ですが、思い起こせば、私自身の山田風太郎へのスイッチが入ったのも、まさにこの瞬間だったかもしれません。柳生十兵衛が柳生十兵衛たる所以、この後何作か柳生十兵衛が出てくる他の作家の時代小説を読んだりもしましたが、ついに山田風太郎の描く柳生十兵衛を凌駕する作品に、今の今まで出会うことがなかったのも、このシーンがあったればこそでしょう。

 とはいえ、今回は、一話まるまるかけてやってもらいたかった、という願いもあったわけで。十兵衛が発する一語ごとに、明成やら銅伯やら、七本槍やら芦名衆やらが、いちいち赤くなったり蒼くなったりする様もたっぷりと見せてもらいたかったところです。ていうか、やっぱ芦名衆少なくね?

 まあ多少の不満が出てしまうのは致し方のないところですが、それにしても、面白いなと思ったのは、原作の十兵衛が、笑いさえも交えながら冷然と言い放ったのに対して、せがわ版の十兵衛は、珍しく感情を表に出して言い切ったという違いです。

 「あの女たちを見殺しにして・・・なんの士道? なんの仏法?」

 というセリフ、原作では「?」が付いていないんですよね~。この微妙なセリフの改変で、原作とはちょっと雰囲気が違うなと匂わせておいて、2ページ先の見開きで、

 「徳川家も滅んで結構!!」

 と十兵衛やや怒り気味の顔でやられた日には、原作ファンとしてもたまらんですよ。この辺は、もっと落ち着いた感じで表現されるかと思っていたので、「バジリスク」の弦之介の瞳術発動シーンと同じくらいの衝撃を受けました。この場面だけで、せがわ先生が「柳生忍法帖」を描きたいと言っていた想いがバシバシ伝わって来たな~。銅伯の悔しそうな表情も、ざまあみろって感じで爽快でした。もうこの場を借りて言わせてください、

 

 「せがわ先生、ありがとう!」

 

 

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「孤剣般若侠」

 ・・・柳生十兵衛は、ただ一人、敵の心臓部に足を踏み入れる。

 「Y十M」第77話、「孤剣般若侠」の回です。原作では、天寧寺に逃がした城からの使者に、十兵衛が詳しい話を聞きたいのに対し、堀女5人がどこまでも後を付いてくるため、結果天寧寺を素通りして行くはめに陥るという描写がありますが、せがわ先生はこのシーンをばっさり切り捨てました。いらないといえばいらない場面ですが、せっかくの城からの生き証人の存在を忘れるとは、ちょっと十兵衛がうっかり者に映りはしないでしょうか? でも、原作でもお気に入りの、深編笠に鶯のギミックシーンのアレンジ、

  

 鶯:ホ~~~

 十兵衛:「では」                                                       

 十兵衛:「(鶯:ホケキョ)じゃ」

 

 には和みました(笑)。で、意外とあっさりと鶴ヶ城へ乗り込むシーンが描かれたりして、もっと十兵衛の心情を表現するような「溜め」があってもいいのにな~と思ったのですが、テンポを重視されたようです。それにしてはずいぶん中途半端なところを次回への引きにしていますけど。鉄門の前の十兵衛が、門内の芦名衆の喧騒に動ずることなく、うっそりと佇んでいる場面で終わってくれてもよかったかなー。原作では地の文章で、

 

 『・・・・・・不敵といおうか、無謀といおうか。いや、ムチャクチャというべきだろう。いかに天稟壮絶の剣技に自負を抱いていようと、孤剣、四十万石の城に入って、柳生十兵衛、果たして何をしようとするのか。・・・・・・道場破りではあるまいし。』

 

 というような描写があるのですが、これをそのまま持ち込むわけにはいかないでしょうから、いわゆるコミックの「間」でこういったものが見たかった、というのが正直なところです。あと、城内の芦名衆が・・・想像していたよりも少ない? 「魔神の祭壇」は正面から見たかったとか(この辺は次回に期待か)、すいません、好きな場面が続くだけにやたら注文が多いです。とはいえ、いよいよ次回から十兵衛と沢庵の問答が始まるわけで。「柳生忍法帖」の最大の見せ場、水戸黄門でいうところの印籠お披露目シーンですよ~。過剰な期待を寄せてしまっていますが、よろしいでしょうか?

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十兵衛見参

 「Y十M~柳生忍法帖」で、せがわ先生は実に丁寧に原作を描いてくださっていると思います。月並みな意見となりますが、柳生十兵衛は格好良いし、堀の娘たちは原作よりも個性的に描写されているし、おゆらのデザインもこちらの想像をいい意味で裏切ってくれました。天海僧正が「バジリスク」と同じ容姿なのも、風太郎忍法帖が同じ世界の出来事であると想像させてくれて楽しいです。

 それでもどこか物足りなさを感じてしまうのは、悪役たる加藤明成・会津七本槍の、悪役としての影の薄さのせいでしょうか。「甲賀忍法帖」と違い、原作はわかりやすいほどの勧善懲悪ストーリーですが、それだけに悪役の存在感を徹底的に印象付けなければ、物語としてのカタルシスが低下してしまうのではないかと思います(物語冒頭の尼寺での虐殺シーンを控えめにしたのは、週間誌での連載上仕方のないことだったかもしれませんが)。加えて、会津七本槍がどこか憎めないというか、愛嬌があるというか・・・。個人的見解ですが、七本槍に読者ファンがつくというのは、「柳生忍法帖」として大失敗だと考えざるをえません。

 その「Y十M」も、いよいよ佳境にせまってまいりました。まもなく、「あのシーン」を紙面で見ることができるわけです。Vシネ「柳生忍法帖」では、「あのシーン」が実写化されましたが、どうにもチープでいけませんでした。どっかの公園で撮っているみたいな、非常にスケールの小さなシーンにされてしまって、とてもがっかりしたのを憶えています。「Y十M」ではどんな演出で見せてくれるのか、連載当初から楽しみにしていた場面なだけに、期待は膨らむばかりです。願わくば、「バジリスク」での弦之介瞳術発動シーン以上の衝撃があらんことを。

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